11/1読了。軽い読み物としてさっと読む。長年東大医学部教授として解剖学の研究をしてきた筆者の独白を記録・編集したもの。現代人に「常識」が欠如してきていることを嘆き、何故そうなっているかを分析している。敢えて著書全体を要約するなら…
「現実を100％完全に理解できることなどありえない、ということを再認識すべきである。」
というような感じ。無知の知の再認識？不可知論？世俗化されたポストモダニズム？
（いくつかのテーゼ）
・ 「バカの壁」 が分厚くなり、現代社会の多くの場面で 「わかっている」 「知っている」
という言葉が誤って使われている
人間が理解（意識）しうることは限られている。一人一人の人間にとって、現実はいつもモヤモヤしたものを残して存在している、つまり
「無意識」 の領域が存在している。これはいつでも基本に置かれるべき認識であり、「常識」
である。たとえ「科学」であろうと、このことに変わりは無い。ところがこれを忘れてしまい、「客観的事実」
が存在するというような 「信仰」 が広まっている。NHKが言うような 「公平・客観・中立」
などという立場は神以外には在り得ないのに。テレビニュースでNY爆破テロを見たところで、実際何を
「知っている」 と言うのか？
自分に都合の悪いこと・興味の無いことに対して自主的に情報を遮断してしまう、というのが一種の
「バカの壁」。「バカにとっては壁の内側だけが世界で、向こう側が見えない。向こう側が存在するということすら分かっていなかったりする。」
→ 確かにそうなのだろう。バカはいつの時代にも居る。だが、溢れんばかりの情報が飛びかかってくる現代において、人は誰しも
「バカの壁」 を築かなければ生きていけないようになっている。若い人ほどさらにその度合いが強まっているのは必然だろう。後戻りは効かない。それにしても著者はこのトレンドと資本主義の進展とが相関しているとは考えていないのかな？
・ 「常識」 とは持っておくべき知識・情報などではなくて、人が普通に考えていくなかで辿りつく公約数的なもの ＝ 普遍性
日本人は 「常識」 という言葉を、知っておくべき 「情報」 「雑学」 の類のことと勘違いしている。だがそれは違う。常識とは
「誰が考えてもそうでしょ」 「人間なら普通こうでしょ」 というもの。 「常識」
そのものが究極的な 「普遍性」 である。
→ 著者の言葉はちょっと乱暴すぎる気がしないでもない。だが彼の言わんとしているところはハッキリしている。そう、普遍性は
「常識」 の上に成り立つ。思考停止することなく、世界に身を開きながら考えていくうちに辿りつく結論は、不思議と歴史や文化を超えて共通してくるのだ。「普遍性」
と呼ばれるものはそうして個々が実感として掴み取るものなのである。だが 「普遍性」
全てを体現する人間はこの世に存在しない。その普遍性を究極的に束ねうるとすれば、それは超越者・神である。
「科学」 は本来 「普遍性」 を獲得するための方法を指す。あるいは非常に理解しやすい文法を持った、強力な 「言語」 と言っても良い。だが現代の状況にあって、この方法によって得られた知識・技術体系が 「科学」 だという風に混乱した形で理解されていないか？その膨大な知識の集積はこの世界のより深い理解を可能にし、人は己の得たいものを効率的に得られるようになった。その大きな力ゆえに、その集積物そのものがいつしか絶対化された。それは既に立派な信仰対象となっている。「普遍性」
⊆ 「科学」 という誤解がここに成立する。それは結局ナルシスティックな人間崇拝なのである。人間は一人では無力だが、国境を越え、歴史を超えて知恵を集積した結果、その総体として既に 「神」 になったという無意識的な了解がそこにはある。
「科学」 はどこまでも人間のものであるがゆえに、神のごとく全ての普遍性を束ねることはないのに。人間崇拝に至る道は結局
「バカの壁」 に突き当たる。
�� 不貞腐れたペシミスティックなバカへ → 普遍性は存在する
�� 人間崇拝するナルシスティックなバカへ → 「普遍性」 を一身に体現しうるのは超越者だけである
ちなみに芸術も普遍性を追求する方法だと言ったら著者は否定するだろうか？
・ 言語は共通了解のための手段である → 意識は本来、個人間の差異を無視して同じにしよう、同じにしようとする
・ 身体性以外の個性などは本来在り得ない
・ 「個性」を発揮することは争いを招くだけで好ましくない → 教育は他人の気持ちを理解することに主眼を置くべきである
言語は世間の誰もがわかるための共通手段であり、これによって文明は発展してきた。昨今の個性尊重云々はこれに矛盾するおかしな現象である。個性は本来身体性だけでも充分発揮されている。松井やイチローや中田が個性的であるのはその身体性によってである。それ以上のものを求める必要などはない。アラブやイスラムのように「個」 というものを表に出した文化では必ず争いごとが起きている。そんなことより例えばホームレスの気持ちをわかるようにすべきだ。
→ 言語に関する説明は確かにその一面をよく現わしている。だが、言語のもう一つの根本的な要素を著者は見落としている。それは言語は世界を裁断する装置であるという事実だ。その矛盾した機能が理解されねばならない。
身体性。彼が 「身体性」 に 「無意識」 を含めているのか良く判らないのだが、スポーツ選手を持ってくるあたりから察すると、あまり意識していないのかもしれない。その辺りからまずちょっと気持悪い。著者は無意識のことに触れつつも、意識≒脳に近い捉え方をしているように見える。僕は無意識は身体に内包されるものであり、さらに意識は無意識のカサブタのようなものだと考えている。無意識は単に 「意識されないもの」 どころではなく 「意識の母体」 ではないのか？人類の歴史的な流れを追えば、身体性と密着していた無意識（本能）からコミュニケーション手段としての意識が分離し、それが 「グルグル回されて」 固着化していくうちに 「個」 なるものが共同体から遊離・析出していく過程がある。それは貨幣（交換＝流通＝共同性）が資本（囲い込み＝蓄積＝個）へと転化するプロセスとも似ている。
文明礼賛のスタンス。文明が発展することが至上命題だというのは明らかに 「バカの壁」 の一種だ。幸せになるために文明が都合が良かったから、人間はこれまでそれに仕えることを良しとしてきた。それが徐々に揺らいでいるというのが今日の状況ではないのだろうか？文明によって蹂躙される文化。文明化（意識の先鋭化）は必然的に共同体を解体する。一方で文明礼賛をしながら、同時に共同体へ愛惜を切々と綴るという自己撞着に著者は気付いているのだろうか？そういう矛盾を許すなら、個性教育の矛盾など大したことではない。
争いごとを最初から良くないと決め付けるのも、上記矛盾に気付かぬことに由来する
「バカの壁」 なのかもしれない。著者は安易に 「個」 を否定しすぎている。僕は今の日本人が抱えているのは、むしろ抑圧された
「個」 の問題だと捉えている。皆がそこでもがいているからこそ、「個性」 教育云々が語られる状況になっているのだろう。ただしその
「個性」 はもともと備わっているものであって、かつ徐々に更新されていくものである。「個性的でなければならない」 などという言説が根底から狂っている事に間違いはない。この脅迫観念は、そうしないとお金をもらえない、人に認めてもらえない、という不安に由来している。それはただ人間の商品化の加速を意味するだけだ。
これは 「倫理の行方」 のなかでも書いたことだが、人間が成長するとしたらそれは
「個」 の衝突を通じて起こる出来事である。成長を放棄するというのならともかく、思考停止を認めないと言う以上、やはりぶつかるしかないのだ。もしも血を見るのが怖いなら、それは身を守ること、つまりまさに個にしがみ付いているということではないのか？他者とハナから衝突しろなどというつもりは毛頭ない。たが、文化としての
「個」 を否定する人間は、もっとも貪欲なエゴイストともなりうるのである。旧日本軍の専横を許した日本人は、共同体を大切にする優しい人達ではなかったか？
ちなみにイスラム文化が個を表に出している、というのは全く逆なのではないかと思う。個性を表に出す文化とはまさにアメリカのことなのだ。著者は最近のテロやイラク戦争、あるいはイスラエル紛争を
「個」 を重視する文化同士の衝突がもたらしたもの、という風に捉えているらしい。だが、それは実際には文化vs文化という構図を超えて、資本主義的
「個」 と旧来型共同体との激しい軋み合いでもある。もちろんそこにルサンチマン的反逆があることを否定はしないが。そのあたりに文化や社会という対象を語るにあたっての彼の限界を感じてしまう。あ、あとホームレスのこと。今の彼が本当にホームレスの気持ちをわかるとも思えないのだが、それを教育すべきだと主張するのは大衆への迎合だろうか。
・ 人間はどんどん変化していくが、「情報」 は不変である。だが、現在ではその関係があべこべに受け止められている。
人は日々変化している。だが 「私は私」 と思い込む、 「自己同一性」 を追求する作業が脳の中で毎日行なわれている。これは意識が他者との共通性を求めるのと同じ作用である。実際、それが出来なければ社会生活を営むことは困難になる。これに対し
「情報」 は不変であり、一度発せられた言葉はそこで停止する。ところが、現代においては「個性」
というものが 「情報」 の一種に変わってしまい、自分が不変だと思い込む傾向が強まっている。例えば政治家が公約を二転三転させることの背景には、「情報」
なんて変わるものだという捉え方がある。「自分」 は変わってないからいいじゃないか、と。
→ 人が変化していくこと、そのなかで同一性を保とうとすることは 「常識」 だ。だが、著者が語る
「情報は不変である」 というコトバに僕は再びいくらか気持悪さを感じる。「不変」 と 「普遍」 には親和関係がある。時間を越えるか空間を越えるか、どちらにしても超越を志向する言葉だ。「情報は不変」 と言うとき、著者は過去は変えられないということを指しているようだ。正しかろうが、間違っていようが、情報が発せられたという事実は事実として残ってしまう。それは
「情報」 というより、歴史の一回性の問題だ。
正確さを期すのであれば、人の言葉など 「不変」 ではない。たとえ一旦言葉に変換されたものでも、それが人伝に伝わるのであれば、そこに様々な誤りが含まれてしまうことは明白であろう。じゃあそれを活字にして残せばよいかといえば、紙だって石碑だって、やがては滅し去るものであるのは明らかだ。ただし、一人の人生という時間スパンから見たとき、それは充分に不変だという近似が成り立つことは確かである。こんなことを穿り出すのは脇道に逸れる感もあるのだが、この著書におけるテーマが
「安易に普遍（不変）に寄りかかるな」 ということであるが故に、その辺りのことにちょっと敏感になってしまった。「不変」
も 「常識」 と同様、普通の人間が見る限り変わらないでしょ、という類のものであることを記しておく。
より本質的なこと。著者がここで言おうとしているのは「情報」 のことなどではなくて、倫理の問題なのだと思う。彼は安易に約束を破る奴等に対して、或いは「自分という存在」
を固定化して変化を拒む連中に対して腹を立てているのである。その怒り、やるせなさには僕も同意する。自分が変化してしまうということは 「常識」 であり、それを束ねていこうとする意識が社会生活には不可欠なのだ。それは一貫性の問題であり、詰まるところ倫理の問題である。
・ 「日本のサラリーマンの大半が天変地異を期待している」 （山田太一監督）
著者と対談したときの山田太一監督のコトバ。
→ これは僕の実感と良く合う。そう、多くの人が何かがオカシイと思いながらどうにもできず、ただ無力感に食われていく。誰か何とかしてくれないかなぁ、って下駄を預ける。これって要はニヒリズムではないのか？そんなことを言っててもただズルズルと滅ぶだけ。ファシズム再興の機が熟している気がしてならないんだけど。。。「個」 を再構築するのか、あるいはともに崩壊していく道を選ぶのか。
・ 現代の「脳化社会」にあって、共同体は崩壊の一途を辿っている。人生の意味の回復には共同体が必要である
現代社会にあっては、意識と無意識、身体と脳が本来の姿とあべこべになっている。社会における
「あべこべ現象」 は共同体の崩壊に対応する。不景気のなか企業はリストラを行なっているが、これはかつての共同体ならば
「村八分」 にあたるものだ。本来の共同体ではワークシェアリングというのが正しいやり方である。共同体が崩壊するとき、「共通了解」
の成立が難しくなってくる。 現代人の多くが 「人生の意味」 を喪失しつつあるが、自己実現などと言っても実現する場は外部にしか無い訳で、日常のなかで意味を見出せる場は
「共同体」 にしかない。
→ 先にも述べたことだが、共同体の喪失は文明の進展の負の側面として表れてきた現象である。一方で 「バカの壁」 を批判しながら、一方で共同体を謳うということは矛盾を内包するように思う。もう一歩進まないと駄目なんだ。そこが難しいところ。
文明の進展は、世界を分析（言語化）し秩序化（記号化）することによって実現可能となっている。つまり、それまで自然の中に未分化のまま埋もれていたもの、或いはそれ自体で既に自明の一つの価値として存在していたものを
「（再）発見」 して 「対象」 化し、あるいは 「手段」 と化すことでその制御を容易かつ効率的にすることにより。例えば神の祟りとして受け止められていた疫病を 「対象」 として意識し、発生の仕方をじっくり観察することで治療法を見出すように。例えば野に生えていた稲を単なる自然の恵みとしてではなく 「対象」 として認識し、その性質を理解することをつうじて、生きるための 「手段」 ＝安定食料供給源として利用するように。例えば人の能力や個性をジャンル分けし、採用や査定を効率的に行なうように。そう、文明はそれまで当たり前だったもの、絶対だったものを一旦地に引き摺り落とすことで、個々の生あるいは社会システムを効率化していくのだ。
さて、では共同体とは何か？それは 「何故」 無しに成立する心の拠り所であると同時に、自らを拘束するタブーの体系であったはずだ。生きられる共同体には必ずアンタッチャブルなルールが存在する。それを
「文化」 と呼んでも良い。実はそれ自体が潜在的な 「バカの壁」 なのではないかと僕は思う。壁の外の世界を知るとき、人は変わることを強いられる。今まで安定的に自分を包んでいてくれたものはその絶対性を失い、改めて共同体に所属し続けることを選択するとすれば、もはやそれを自分の意志によって支えるしかない。だが、悲しいかな、一度絶対性を失ってしまったルールが形骸化の波を持ちこたえることは容易でない。ましてそこに利害が絡むときには。鎮守の森を開発から守るためには、ある程度確信犯的に
「バカの壁」 を維持するしかないのだ。文明は共同体の成立根拠を徐々に薄め、遂には崩壊へと導く。
さりとて！人の感情・無意識は文明の進展の速度に付いていけていないのだ。人は 「バカの壁」 を常に必要としてきたし、おそらくこれからも当面はそうなのだろう。それが文化なるものの一側面でもある。実体としての共同体が崩壊した後に生まれた僕らの世代は、その原型を求めてただあてもなく彷徨う。人への依存のバランス感覚は失われている。くっつきすぎたり、離れすぎたり。糸の切れた凧のように風に弄ばれる 「個」 が 「バカの壁」 の向こうに落下して、何の不思議があろうか？しかし、それでもやはり、ここは著者の言うとおり、「バカの壁」 の中に閉じこもるべき場面ではないのだ。それは僕ら自身をますます引き裂くだけだから。時の流れのあまりの速さに追従できぬ感情や無意識の反逆（或いは無意識という 「自然」 に対する意識の反逆が押し返されようとしているのかもしれぬが）、それに如何に向き合い、妥協点を見出していくかが重要だ。一見意識が専横しているかのような状態、無意識など存在していないかのように振舞っている状態は、その実
無意識がますます無意識の深いところへ潜っている状況に他ならない。そこにズルズルと呑みこまれていくとしたら、人類の精神分裂症はますます深刻になっていくだろうし、先の見通しは暗いものばかりになるだろう。滅びを頑なに拒むものは、もっとも滅びに近い。ここに人類の歴史や文化そのものが掛かっており、その叡智が問われていると僕は思う。
新たな形の共同性、それは如何なる形で成立しうるか？それは文明が僕らに強いる 「個」 を内包したものでなければならない。なおかつその 「個」 は無意識をも内包したものでなければならない。そんなものが成立しうるのか？果たして人はそれほどのキャパシティを持っているものなのか？僕はそれを知りたい。男と女の関係も、家族の関係も、企業内の関係も、国家間の関係も、さらには自然との関係も、僕らは時代からそのあらたな形を模索し続けることを要求されている。
争いを恐れてはならない。争いに呑みこまれてはならない。ただぶつかって磨け。ここはメルティングポットだ。
・ 現在世界の主流となっている一元論 （一神教） は危険である。日本国共同体は「常識」をベースにした普遍性で拮抗すべきだ。
「意識と無意識」 「脳と身体」 「都市と田舎」 「実の経済の虚の経済」 などのように、著者の発想は二元論に集約される。一元論と二元論は、宗教で言えば一神教と多神教の違いであり、また一神教は都市宗教で多神教は自然宗教とも言える。
現代社会の2/3は一元論者である。イスラム教、ユダヤ教、キリスト教は一元論である故に。一元論の根底には 「自分は変わらない」 という根拠のない思い込みがある。そうして 「バカの壁」 は一元論に起因するという面がある。結局一元論の世界に住む者には、自分と違う立場のことは見えず、話が通じない。太平洋戦争などは、八紘一宇のような一神教的な発想によって引き起こされたと言えるだろう。現代日本においても、NHKの「公平・客観・中立」のように一神教化が着実に進んでいることが非常に心配だ。
もともと日本は八百万の神の国である。だが近代化、都市化が進む中で、いつの間にか一元論が主流になってしまった。だが、世界の中で日本国共同体が意味を持つためには、一元論を否定した普遍原理を提示しなきゃいけない。この普遍性は「人間であればこうだろう」 という 「常識」 によって与えられるべきである。安易に神様を引っ張り出したりしないこと。
→ ああ、結局この人は国家主義者だな、とちょっと残念。日本国共同体万歳かぁ。僕はこれには正面からぶつかってしまう。。。
オカシイと思う部分をいくつか指摘 …
＊ 現代の世界情勢をみて、アメリカもヨーロッパ諸国もイスラエルもイスラム諸国も一緒くたにして一元論の国だとぶった切ること。それぞれの文化の特色や傾向はもちろんあるし、著者の行なうジャンル分けが全く間違っているとは思わない。だが、共同体が世界中で解体していくなか、どの国においても人々の思考はかつてないほど多様化している。その多様さを内包する集団について、国家の挙動を捉えただけで
「わかった」 と思うのはとても危険だ。それ自体とても一元論的な発想ではないだろうか？現代の趨勢は国境を超えた文化の交じり合いと、その流れに反逆するかのごとくに表れてくる国家主義の台頭にある。宗教的なものというよりも、この国家主義が一元論的なのだ。著者が見ている宗教は、国家の体裁を保つためのプロパガンダとして利用されているものに過ぎない。意識/無意識、脳/身体の構造はここでは国家/国民というものに対応している。移民流入を極力押さえ込むなか、一元論に陥りやすいのはむしろ日本であるような気がするのだが。
＊著者が常に二元論であり続けるのだというのであれば、それは彼自身が 「自分は変わらない」 と考えていることを示す。人間結構どっちにも行くものだ。決めつけないスタンスが大事というのが本書の主張だったのではないか？
＊二元論＝多神教、という発想は意味不明である。それは全く別物ではないか？二元論的な宗教とは、神に対して悪魔を持ち込むような宗教を指す。陰陽が存在する、という考え方は一元論ではない。多神教は様々な神様が共存する多元論。日本の八百万もそうだし、ギリシア・ローマの神々もそうだ。ちなみにキリスト教にも二元論的な要素はあるし、とくにルターあたりは悪魔ともかなり真剣に向き合っている。悪魔の自覚とは無意識の自覚に極めて近い。構造としては意識/無意識が神/悪魔に対応している。今のアメリカのように悪魔の存在を全否定しようとしない限り、それはもともと
「バカの壁」 を遠ざける思考なのだ。なお、二元論の両端は矛盾しあう故に、常に衝突を繰り返す。つまり弁証法をもたらすのである。それは思考停止を弾き、動的な思考を強いる。ところで旧約聖書＝ユダヤ教聖典を読んでみれば判ってくることだが、超越的な神は確かに唯一ではあるが、聖書に示される教えは実はかなり多元的な様相を呈す。つまり、各篇に必ずしも一貫性が保たれていないどころか、矛盾しあう様々なものが乱雑に積み上げられている。神はその矛盾しあうポリフォニーの中から見出されなければならず、それは一元論的発想では到底追いつかない。ちなみに一元論的な宗教とは、そう、国家主義がそれである。そして資本主義。さらにいうなれば科学信仰。
ともあれここでの彼の主張として一番はっきり汲み取れるのは 「戦争は嫌だ」
ということ。確かに衝突は嫌だ。まぁどうしたものか、ゆっくり考えていくしかないか。
（読後の印象）
全般的に、僕には彼の言葉が妙に軽く感じられた。同意できる部分は沢山あった。でもそれは僕にとっては基本的な「常識」の範疇のことだった。そうした「常識」を教え、愚かな大衆を導こうというような、「啓蒙的」な臭いがプンプンしていた。彼の問題意識は 「社会がうまく行っていないこと」 に焦点があるのだろう。でも、彼自身が何か深刻な問題にぶつかっている風には感じられない。筋金入りのエリートだからなのかもしれない。今時の学生が自分よりバカに感じられる？愚かなやつらがやがて人間社会を壊してしまうのではないかという危惧？
彼が 「人生の意味」 を考えなさい、というときには奇妙な感じを受ける。彼が人生を真剣に考えざるを得ない場面はどんなだったろう？彼の人生の意味はどこに？現代人の持つべき 「人生の意味」 として、ぽんと出てきたのは「環境問題」。「環境のために自分は共同体、周りの人に何ができるか、ということもまた人生の意味であるはずなのです。」 と。人に押し付ける「意味」としてはあまりにお粗末だ。彼自身としては全然そこにコミットしてる感じではないし。
彼の実感から出てきた言葉だと言えそうなのは、共同体へ恩義を返すこと、「人間を育てることで、自分を育ててくれた共同体に真っ当な人間を送り出す」ということだ。それは一見もっとももらしいし、多くの教師を支えているのはそういう
「人生の意味」 なのだろう。だが、残念ながらそれは僕を全く救ってくれない。建前にしかなりゃしない。「真っ当な人間」
を育てるためには自分が 「真っ当な」 人間でなければ始まらないが、「バカの壁」
を自覚する自分にはそれをできるとはとても思えない。或いは反面教師のように、自分が不完全であっても
「真っ当な人間」 が育つかもしれない。だが、もしそうだとすればそれはそいつが勝手に育つだけだ。その場合、自分は育ててなんかいないのであって、ただ
「個性」 を正直に生きただけだ。実際のところ、人生を 「人のために生きる」
というところにはどうしても誤魔化しが紛れ込む。いや、最初から 「バカ」になっていいよ、というなら話は簡単だけど。
「バカの壁」を抱える人は、基本的にルサンチマンを抱えた人でもある。そんな人達に対して彼が頭ごなしに、追い討ちをかけるように、お前らバカだなあと言い放つことに、社会的な意味がどれだけあるかちょっと疑問に思う。様々な批判をしながら、「分析」
という殻をかぶった自己主張をしている様にしか見えないなぁ。。。彼のやっていることは基本的にメカニズム分析である。本当は倫理性についてもっと語りたいらしいが、そこの部分はあまりにステレオタイプで薄っぺらい。分析手法を教えて次の世代を育てることも良いだろう、でもそれが彼の言う「真っ当な人間」なのだろうか？
。。。
読むのはほんの２〜3時間だったけど、書評にエライ時間がかかってしまった。。。一番大事なところに漏れが多い気がする。喋ったのをテープ起こしした文章だということもあるだろうけど、それを差し引いてもね。よく読めば読むほど、コトバ巧みに空回りしてる気がしてくる。理系バカ、東大バカって感じ？自戒しなければ。まあいい頭の体操になる。「認識」 を切開するための言葉を研ぐ。
ふぅ。いい加減ちゃんとメインの文章を書かなきゃ。
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