11/8読了。ものを考える人間に勇気を与えてくれる名著だ。「時間」 という観点を通じて正面からニヒリズムと向き合い、これを克服していくための道を探っていく。大地をしっかりと踏み固め、一歩一歩進んでいく後に残される論理は確かな手ごたえを持つ。豊かなイメージを内に孕みながら語られる文章そのものも美しい。
書評を書こうと思いつつ、しっかりしたものを書かなきゃ、などと考えているうちに時間が経ってしまった。断片断片に良い言葉が散りばめられていて簡単に要約できる内容ではないが、完全に印象が失われないうちにここで杭を一本打っておきたい。
（濃赤：強調、紺：作品より引用）
（論点のまとめ）
時計は時を淡々と刻み、自分に残された生の時間は着実に失われていく。最終的に僕らを待ち受けているのは死であり滅びである。仮に子孫に何かを託すとしても、人類自体いつかは滅びてしまうのだ。それゆえ人生ははかなく虚しい。
そんな風に考えることはないだろうか？現代に生きながらそうしたことをチラッとさえ考えたことがないという人は、よほど幸福に恵まれていると言えないだろうか？多くの人はこの
「事実」 を認識しつつ、そこから目を背けてみたり （ヒステリックにそんなことはない！と叫んでみたり）、逆にそれを口実にして刹那主義に流れてみたり、あるいはこれに挑戦して
「永遠」 の香りのするもの を残そうと必死に闘ったりしている。そのいずれの態度も、厳然として存在するこの
「事実」 の周りをグルグルと廻って展開されていることに違いはない。
この論考を通じて著者が試みるのは、様々な社会における 「時間感覚」 を比較することを通じて 「事実」 そのものの成立基盤を問い、それが実は危ういものであることを証明すること。そうして現代を生きる僕らがいかにしてこの 「事実」 を放棄しうるかを模索する。すなわち 「＜時間のニヒリズム＞」 からの解放。
「時間のニヒリズム」 の形成要因は何か？
まずはいくつかの本源的な問いの投げかけから。
「時間は全てを消滅させる」？
「人生は短くはかない」？
「有限な存在（人生）は虚しい」？
日々を生きるなかで、時間が着々と過ぎていくことを恐ろしいと感じることがある。僕らはそんなとき、時が全ての現実を消滅させ虚無化していくような印象・感覚を持つ。だが、様々な出来事が
「生成」 されることもまた、時のはたらきによるのである。「<あなたが生きた>という事実、今日このように語り、飲み、歌ったという事実は不可逆的であり、消えることがない。」
ただ消滅が生成より後に来るというそれだけの理由で、僕らは時を消滅の方向、虚無化する方向に流れていくものと理解してしまう。それは「意味・無意味の感覚のとり方」 に過ぎないというのに。さらに僕らはそうした日々の感覚をさらに外挿し、時が
「全て」 を消滅させるというふうに考えてしまうのだ。
「人生が短い」 いうのはあくまで個別性に執着している僕らの 「感傷」 であって、客観的事実でなどではない。他の圧倒的多数の生物に比べれば人間は随分長生きするほうだ。もし仮に人が1000年生きるとしても、この感覚は本質的に変わることはないのではないか？実際のところ、この感覚は
「永遠」 を基準にとることによって成立する。だが、何故 「永遠」 に基準をとるのか？そこに文明化社会に生きる人間が陥る罠がある。
「自然のなかで人間だけが、そしておそらくは文明化された人間だけが、<死の恐怖>という病に冒されている。」
やがて死を受け容れねばならない人間という存在は、確かに時間的に限定された枠の中を生きている。だが、僕らは同時に空間的にも限定されて生きているのではいないか？だだっ広い宇宙のなかの極微小な一点として。宇宙の無限とも言える広がりに対して
「永遠」 に対すると同じような関心を払うのであれば、同じように空間的に限定されることに恐怖しておかしくないはずだ。実際そのような
「精神の病」 を抱える人が存在するのである。僕らは何故 「死」、つまり時間的な限定だけを恐れるのか？それは時間の
「不可逆性」 に由来しているはずだ。だが、この不可逆性が 「存在のうちに累積していくような不可逆性」 であるならば、つまり時間が経つにつれ僕らが豊かになっていくということならば、それを恐怖する必要は無いし、そこから虚無の感覚は帰結されないはずではないか？
こうした考察を通じて、著者は「時間のニヒリズム」 （→ 迫り来る死の恐怖）
は次の二つの時間感覚に依存していると見る。
＜虚無化してゆく不可逆性としての時間了解＞
→ 時が現実を消滅させていく、という捉え方。時間の矢、不可逆性を否定的なものとして受け止めること。
過去・現在が虚しいものとなっていくとき、人は生きることの価値を未来へと追いやらざるを得ない。
＜抽象的に無限化されてゆく時間関心＞
→ 時間を自分の生と関わり無く淡々と刻まれていくものとして認識し、それを抽象的な
「量」 として理解すること。
（逆に具体的な 「質」 としての時間とは？ → ９月に入ったから秋ではなく、金木犀が香る季節としての秋というような捉え方。）
時間が 「量」 として捉えられるとき、それは無限の広がりを持つものと考えられるようになる。
そこに無尽蔵の時間すなわち 「永遠」 への関心、そうしてそれを希求する心理が形成される。
近・現代的な文脈において、これら2つの時間感覚は自明のものとして認識されている。そうしてそれを前提とするかぎり、論理的な必然として
「時間のニヒリズム」 が帰結されるのである。だが、ここまでの考察からも明らかなように、この前提は決して客観的事実などではない。僕らは何故、どのようにしてこのような時間感覚を持つに至るのか？著者は歴史上の様々な社会を比較することを通じて、この２つの時間感覚が定着していく過程を追っていく。
近代の２つの時間感覚が成立する 「以前」、人は時間をどのようにとらえていたか？
�� <現在する過去>と<過去する現在>
著者はまず、＜虚無化していく不可逆性としての時間了解＞の欠落した社会
（原始社会） に関する考察を行なっている。
北米のホピ族の言語体系には過去と現在を区別する言葉が存在しない。彼らにとって、昨日あって今日ない出来事は
「あること」 である。彼らの世界は基本的に２つの宇宙から成り立っており、それは
「顕現されたもの」 と 「顕現されつつあるもの」 （または 「まだ顕現されていないもの」）
に分かれる。過去（そして現在）に起こった出来事は既にそこに 「ある」 ものであり、これから起こる出来事は全て人間の魂あるいは動植物さらには無生物の魂
（背後・内部） に内在されている。それは外在するものと内在するもの、近似的には
「客観」 と 「主観」 と言うことができる。こうして彼等にとって過去は帰無していくものではなく、蓄積されていくものだ。ここでは過去は現在している。
こうした世界観を支える柱、それは 「振動する時間」 の感覚である。自然現象は繰り返す。昼があって夜がある、冬があって夏がある。乾燥と洪水、老齢と若さ、生と死、という風に、世界は互いに対立する 「極」 を行き来している。現在が一方の極にある、例えば昼であるとき、夜は過去だと言うこともできるが、むしろそれは 「潜在する現在」 と感ぜられる。だが、それが生と死となるとどうであろう？現代を生きる僕らはここで、己の生と死さえも
「振動する時間」 に収斂していくことなどは認められない、と感じてしまうのではないか？だが、「自己」
なるものが自然から未分離のまま存在しているとき、それは可能である。
具体的にこうした感覚を維持する役割を担う装置として、例えばレヴィストロースが注目したチューリンガがある。チューリンガとは石や木でできた物体で、一人のある特定の先祖を表しており、その生まれ変わりとされる者に代々引き継がれる。これを人里はなれた場所で岩陰などに隠しておき、定期的にそれを磨き、油を引き、色を塗ったうえで祈りを捧げる。こうした装置を用いることで、人は
「再現する同じ人間としての、個我をこえたアイデンティティを所有する」。 それは 「物的に現在化された過去」 となるのである。
部族ごとに特定の動物を祖先と認識するトーテミズムもまた、極めて有効な装置である。大昔、自分たちが動物から派生したという
「神話」 は、現在する自然との関わりを通じて常に確認されていく。現実にそこに在る鷲は同時に彼らの過去となる。そうして
「神話」 は過去でありながら現在し続けるのだ。いや、そうであるからこそ 「神話」
はその価値を保ち続けると言えるだろう。 「聖なる時間」 は帰無していく 「俗なる時間」
と対立しながら共存するのである。
ここに意識を持って生きる人間の二つの時間感覚がある。
・自然の現象は繰り返すものだ
・人生の変化はもとにはもどらない
現代を生きる僕らの視点からは、自然現象が繰り返すことと自分が死にゆくこととは別の話と感ぜられるだろう。あるいは押し寄せては引いていく波のような日々の繰り返しを見るにつけ、むしろ時間に侵食されて滅びていく自分を見出してニヒリズムを深化させることさえあるかもしれない。だが、そうした感覚は僕らが己の個別性に執着するからこそ生じてくる。人が自然の一部であることを実感しているとき、振動する時間の感覚は個の殻を破って貫入する。過去が過ぎ去らず、そこに在り続ける以上、
「時間の侵食」 などということは成立しないのである。時はそこにただ静かに堆積する。
�� 具象の時間と抽象の時間
引き続き著者は＜抽象的に無限化されてゆく時間関心＞の欠落した（希薄な）社会に目を向けていく。
スーダンのヌアー族は、近代人の持つ 「時間」 に対応する表現を持たない。彼らが時を現わすために用いるのは
「牛時計」 である。牛を牛舎から家畜囲いへと連れ出す時、搾乳の時、成牛を牧草地へつれていく時、山羊や羊の搾乳の時、山羊や羊を牧草地へつれていく時、牛舎の掃除の時･･･。彼らは時計の針の指す時間に従ってこれらの作業を行なうのではない。彼らの生活が時を規定するのである。「牛時計」
はこの牧畜を営む共同体の中にあって生活していくうえで充分な機能を果たす。（なお、ヌアー族が自然の周期を超えるような
「過去」 を語る際には、共同体内部における重要な出来事などを基準点にして語る。）
だが、ここで例えば彼らと他の作物 X とを交換する 「X 時計」 を持つ共同体があるとする。するとこれらの共同体間の交易を滞りなく行なうためには、「牛時計」
でも 「X 時計」 でもない第三の時計の必要性が生じてくる。交易がこれらの二者に限定されるものならば、おそらく両者を折衷したようなもので用が足りるだろう。だが、
X２, X3･･･ というように多角化され、一般化された交易関係に入っていくとき、「牛時計」
はもはやその機能を完全に失い、各々の具体的な活動形態から 「抽象化された、一般的な時間表示のシステム」 が必要とされるだろう。共同態（ゲマインシャフト）・間の集合態（ゲゼルシャフト）的な連関、あるいはすでに風化して集合態化した（元）共同態・内の個人や集団間の、多角的にくりひろげられる相互依存の関係は、それぞれに独自の生きられる世界を構成するさまざまな異質の活動を外的に調整する媒体（メディア）として、一般化され抽象化された尺度としての
「時間」 を析出せずにはいない。
ケニアのカムバ族出身のムビティによれば、アフリカには20世紀に至るまで＜未来＞という観念が存在していなかったという。実際のところ、カムバ族の言語には未来を現わす言葉があるが、それは半年程先までしか指し示しえないものであり、それより遠い射程のことを語ることに関心を持ちえなかったのだ。彼らの語る未来とは、現実の必然的な延長や、確実に起こること、自然現象のリズムに則ったことでしかない。彼らにとって実在する時間は、現実の時間の観念である
「ササ」 （近過去・現在・近未来を含む） と神話の時間と呼ぶべき 「ザマニ」
とに分離される。
「ザマニ」 は 「全ての現象や出来事の貯蔵庫であり、以前でも以降でもない現実の中に万物を溶解する時間の大洋」 である。「ササ」 において次々と起こりゆく出来事は、消えゆくのではなく、「ザマニ」
に吸収されていくのだ。アフリカの歴史は 「ササ」 から 「ザマニ」 へ 「後ろ向き」 に動く。「ササ」 に起こる出来事は単なる出来事でしかなく、その 「意味」 は 「ザマニ」 のうちに内在されていたのである。
だが近代の変化はアフリカに＜未来＞を持ち込んだ。そうして彼らの生活の重心は＜ササとザマニ＞から＜ササと未来＞へと移っていく。結果として彼らの根（ルーツ）は根こそぎ奪い去られ、未来への希望、渇望、そして期待が植えつけられた。「純粋に未来志向的な期待、すなわち、キリスト教とイスラム教の天国と救世主到来の希望、アフリカ統一、経済助成金、人種差別政策撤廃など…」
抽象的な尺度としての 「時間」 の観念は、人間を生活の軛から解き放つ。もはや共同体のリズムに身を任せて生きる存在ではなくなるのだ。彼はもはや
「過去」 である 「ザマニ」 には縛られない。代わって現れてくるのは未来への希望。それにより、例えば、これまで
「それはそうなっているものだ」 と考えられていた人種差別という 「自然」
を乗り越えていくことが可能になってくる。アフリカは解放されていくのだ。そう、個が共同性から自立し、同時に疎外されるとき、「意味」
は過去から解放され未来へと広がっていく。そうして果てしない可能性が時間の彼方に展開するのである。解放、それは素晴らしいこと
!?
ムビティの語ることを拾い上げるならば、未来に希望を抱いていくという運動は、自分の基盤、ルーツを根絶やしにすることと表裏一体に発生してきた。それは反作用のように同時に起こるものなのか？「離陸」ということが、すなわち大地からの乖離のイメージが、ア・プリオリにひとつの肯定として語られることが、われわれの文明の基礎をなす固定観念である。
どのようにして近代の2つの時間感覚が成立するに至ったのか？
ここまでの議論のなかから浮き彫りにされてくるのは、「時間のニヒリズム」
の依拠する２つの時間感覚は、自然、共同性からの自立と疎外のなかで育まれてきたのではないか、ということ。
�� 人間の自然からの自立と疎外 → 虚無化していく不可逆性としての時間了解
典型例としてのヘブライズム （反自然的文明）
�� 個の共同態からの自立と疎外 → 抽象的に無限化されていく時間関心
典型例としてのヘレニズム （都市国家・貨幣経済の発展・集合態としての文明）
以上のことを模式的に表した図を著者は提示している → 参照図
「時間のニヒリズム」 が僕らに強いるのは何か？
時間からの疎外と時間への疎外
時間の物象化・物神化
貨幣への埋没との相関性
「時間のニヒリズム」 からの解放の鍵は？
コンサマトリーな感覚
（コメント）
・ エントロピー増大と時間との関係について
・ 現代における神話の在り処
（04/1/23追記） |