書評


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2005/ 9/ 22 「複雑系」 M. M. ワールドロップ
 9月上旬読了。副題 「科学革命の震源地・サンタフェ研究所の天才たち」

 「複雑系」 なる考え方を昨年くらいからようやく少しずつ理解しはじめた。コンピューターの処理速度が十分に速くなるまでは、物理学や経済学の理論はあくまで平衡系、あるいは定常状態を中心としたところに絞られていた。何らかの変化を扱うにしても、それは平衡系の極近傍に限定されていたのだ。何故ならそれが数学的に扱いやすいから。ところが、現実に起こる出来事はそんな上手い具合にはいかない。とりわけ生物や社会現象を扱おうと思うと、現実は常に非平衡系なのである。現象を表す数式は線形ではなく非線形になる。そんな現象をシミュレーションなどを通じて直接的に扱っていく方法が 「複雑系」 へのアプローチとして定着しつつある。
 「平衡」 とは、物理学的に言えばエントロピー最大の状態である。全ての事象はエントロピーを最大化する方向に変化し続けるというのが熱力学の第2法則であり、この法則は未だ普遍的に成立している。しかし、そうしてエントロピーが増大する過程、すなわち 「散逸」 の過程においては、局所的にはエントロピーは減少したりする場合もある。それはつまり、無秩序に向かっていく宇宙の中で、局所的に秩序(あるいは「構造」)が生成されることを意味している。こういうことが起こるのは、通常、「カオスの縁」 と呼ばれるような臨界領域においてである。完全なる秩序でもなく、完全なる無秩序でもなく、その臨界の領域にこそ、生命の運動を支えるような変化のプロセスが存在しているのだ。そうした運動を要素還元的にではなく、あくまで運動全体としてとらえる試み…。
 本書は 「複雑系」 研究のメッカとなったサンタフェ研究所の設立・運営に携わった、科学者や経済学者の取り組みをドキュメンタリー的に紹介してくれる。(ブライアン・アーサー、ジョージ・コーワン、スチュアート・カウフマン、ジョン・ホランド、クリス・ラングトンら) 物語として脚色されすぎの感もないではないが、どういう流れで「複雑系」 の研究が軌道に乗ってきたのか(とりわけ政治的な面で)を知る上では、参考になる古典である。