日々の雑感

はじめに
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2003年10月
2003年 9月
(2003年8月以前の日記)
Old Diaries



2005/2/6 (Sun) 自立について
学校の先生を辞めて一ヶ月。
この間、あらためて自分と向き合い
これからどうやって生きていくかを考えていた。
この作業はなかなか大変だ。

仕事をしているときはやることが次々と降ってきて、
それを一つ一つこなしていけば日々が過ぎていく。
あまり深く考え込んだりする必要はないし、
実際、そんなことをしている暇がない。
「何故?」「何処へ行く?」などと問わない。
ただ走り続けるのみだ。

だが、こうやって自分を周囲の流れから切り離し、
自ら方向を定めて歩き出そうとするとき、
ちっぽけで空っぽな己の姿を目の当たりにせざるを得ない。

がらんどう。

やらなきゃいけないことは何もない。
人のために、組織のために、世界のために、
他者に認めてもらうために、
そうした外的な駆動力はここでは何の意味も持たない。
いつの間にか外的要素によって生を繋ぐ習性を
身につけてしまっているとき、
自分の内部から湧いてくるはずのエネルギーは
枯渇寸前になってしまっている。

ほら、一人になってみてごらん。
放って置けば崩れていってしまう自分。
無力感に途方にくれ、ただうずくまる。
前に向かう力を失った心には、暗い虚無が忍び寄る。
否、心の奥底に隠していた闇が表に表れてくるのだ。
内在する「死」への衝動=タナトスが心を支配する。

生命力を取り戻すこと。
他律ではなく、自律的な、
生きるリズムを作り出していくこと。
自虐的に心を縛る義務でなく、
かと言って安易な自己陶酔でなく、
自然な自己肯定とともにあること。
持続可能な「元気」を求め続けること。

自立した一個の人間であること。

。。。

人はいつだって何かに頼って生きている。
時にそれは見えないところでの依存かもしれないけれど。

親に、連れ合いに、友人に、同僚に、子供に、
組織に、指導者に、先生に、生徒に、
仕事に、趣味に、ゲームに、煙草に、
思想に、宗教に、国家に、
地位に、評判に、成績に、実績に、金に、
自分に。

そう、人はいつだって何かに頼って生きている。
肯定的であれ、否定的であれ、
見上げることであれ、見下ろすことであれ。
何にも頼らずに生きている人間はいない。

様々なものにバランスよく頼るとき、
世界は「正常に」回り続けるんだ。
が、そのバランスが崩れたとき、
アディクション(中毒)がはじまる。

私は目の前のことにのめり込むタイプの人間だ。
それはアディクションに掛かりやすいということでもある。
今、私が向き合おうとしているのは、
自分の中にあるそんな「依存傾向」に他ならない。

それが良い方に出ているとき、私は「熱い」人になる。
他のことにわき目も振らず、ひた走る情熱がある。
その傾向を生かして、勉強や研究や仕事に打ち込み、
それなりの結果を挙げてきた自負がある。
だが、それを裏返してみるとき、
危うい空虚さを抱えている場合がままあるのだ。
いつの間にか宙に浮き、空回りをして。
そんなときは打ち込む対象が消えると同時に
心は燃え尽きて灰になってしまう。

燃やし尽くすこと。
私はそれが生そのものだと思ってきた。
生まれ、燃えて燃えて、やがては塵となる、
それが生きるということなのではないか、と。

だが、ここで忘れてはならないことがある。
生命の炎を燃やし続けるためには燃料が要るのだ。
そして新鮮な空気を取り込まなくてはならない。
さもなくば不完全燃焼を起こしてすぐに失火してしまう。
そんなことでは生命が燃やし尽くされるのではなく、
くすぶるままに失われていくだけだ。
アディクションに堕ちるということは
つまりはそんな不完全燃焼の状態なのではないか?

だめだめ、外に開き続けるんだ。
心も身体も解きほぐして、
意識の専制と抑圧に任せないようにせよ。

人が依存症に冒されるとき、
それは生命力の低下を招く。
周囲のことにも、自分自身の身体のことにも、
次第に鈍感になっていくのだ。
世界の中で孤立する、頭でっかちのおばけ。
風船のようにふわふわと宙を漂う。

それは私だけのことか?
何だかそこら中でそんなことが起こっていない?
まあいいさ。
ともかくも自分の幸せを求め続けること。
幸せになる手段をではなく、
幸せそのものを。

。。。

自立するということ、
それは孤立を求めることではない。
否、否、全く逆だ。
全方位に手を伸ばすことによって
初めて成立するのではないだろうか。

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2005/2/18 (Fri) 糸を手繰り寄せながら
僕は百姓になる。

どうやらそういうことらしい。
様々な人のつてを辿りながら、
いくつかの心理的な壁をこえて、
次第に腑に落ちてきたこと。

。。。

先週、埼玉県の小川町に行って来た。
そこで有機農業に取り組んでいる方のお宅にお邪魔し、
簡単な農作業を手伝わせてもらいながら色々話を伺った。

そもそも小川町に興味を持ったのは、
年明けすぐに信州の知人を訪ねた際、
エネルギー的なことも含めた自給自足的な生活をしたい、
というような話をしていたところ、
こんな所もあると紹介してくれたからだ。

有機農業に取り組んでいる人達が、
家畜の糞や生ごみを発酵させて堆肥を作ると同時に
バイオガスを取り出してそれを炊事に使ったり、
天ぷら油の廃油を再利用してトラクターを動かしたり、
トータルな形で循環型社会を模索し実践している、
そんな様子を紹介する冊子を見せてもらった。
「自給自足的な共同体」というキーワードを振り回しながら、
実際には何から始めていいのか分からないままでいた僕は、
ともかく一度そこを訪ねてみたくなったのだった。

最初はどちらかと言えば「エネルギー自給」の方に意識があった。
学生の時の研究テーマはエネルギー問題に関するものだし、
会社に勤めていたときは発電関係の技術者をしていたのだから、
そこに足場を置いて進むことが自然に思えた。
農業に関しては何の経験も無い全くの素人だし、
食の自給の方については後回しかもな、と、
ぼんやり考えていたのだった。

だがその後も友人らと議論をするうちに、
自分の持つもの(既得権益?)に意固地にしがみつき、
「自給」と言う以上欠かすことのできない
「食」のことについては人任せという態度は、
自分が目指すことから離れていないか?
甘えが紛れ込んでいるのではないか、と思うようになり、
一度自らきちんと農業を学ぶ必要があるな、
という風に思い始めていた。

そんな折、たまたま大阪で開催されていた
新規就農者セミナーに参加してみたところ、
小川町の有機農家の方にお会いしたのだった。
研修生も受け入れているという話を聞き、
そこに入り込むことができれば一挙両取りじゃないか、と、
もっけの幸いとばかりに連絡先を伺った。

今回小川町へ行って来たことの収穫は大きい。
実際に行ってみるのはやはり全然違うものだ。
しばらくの間、有機農業のことや小川町のことを
本やインターネットで調べていたけれど、
頭で考え、言葉や写真を見て分かったことなど
それだけでは半ばマボロシみたいなものだった。
自分をその場に置く、ということは大切なんだな。

バイオガス・プラントも見てくることができた。
手作りの装置は何だか生々しいくらい想いがこもっていて、
自分が開発の仕事をしていた頃のことも思い出し、
見ているだけで楽しい気分になっていた。
地域から生ゴミを集めて処理し、堆肥とバイオガスを生み出す。
ゴミを出す人が有機野菜と交換できるクーポン券を受け取るという、
一種の地域通貨の仕組みまで創りだされつつあって、
ここで学ぶことは一杯ありそう。

さて、訪ねた農家の方に正直に色々考えを伝えたところ、
僕の性格なんかも踏まえたうえで、
研修先として望ましいのではないかというお宅を紹介してもらえた。
そのままの足で伺って話をさせてもらったのだが、
とてもいい印象を得ることができた。
そういうのってちょっとお見合いみたいな感じかな。
経済的なことやらなにやら、まだ頭を整理している段階だけど、
今はそちらで一年間研修させてもらえたらいいな、と思っている。

。。。

本気で足掻き、
目の前の糸をただ手繰り寄せる。
そう、自立を目指すと言うことは
結果的に人と繋がっていくということなのだ。

「共同体」なんて言ったって、
最初からシステムをつくるなんてありえないさ。
それじゃ所詮「ハコモノ」。
僕が模索しているのは個々が自立しつつ繋がっていく形。
まずは自分がどこに立ち、何をするのか、
それがはっきりしていなきゃだめだ。

身体を動かし、土に触れ、
ゆっくり自分を作り変えていこう。
きちんと根を張って、太陽に向かって伸びる。

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2005/3/6 (Sun) 七転八倒?
随分長いことHPの更新をさぼってしまった。
こういうときって時間を置けば置くほど腰が重くなって
取り掛かるのが億劫になってしまう。
いかんいかん。
心の中に蜘蛛の巣が巣食う。

友人のHPが2ヶ月近く更新されておらず、
仕事忙しいときなんてそんなもんかな、と
密かに同類だと思ったりしていたら、
いつの間にかBLOGを作って密度の濃いものを沢山書いていた。
そういう刺激は案外大切。

まずは何でもいいから書くこと。
穴倉に閉じこもっていても仕方ない。
そろそろ「仕事」しなきゃ。

。。。

この半月ほどやや停滞。

2/18の雑感には小川町を訪ねた顛末と
一年間の研修のことについて書いたが、
結局その話は断ってしまった。
言わば徒弟制みたいな形で、
日々の農作業を通じて自分を変えていけたら、
と最初は完全に乗り気だった。
しかしその話は「通い」での研修ということで、
部屋を借りてバイトもせず(出来ず)にというのは
現状経済的に厳しいという判断に至った。
彼女に働いてもらって…というパターンも考えたけど、
それにはどうも無理があったし。

あ〜あ、と。
せっかくの紹介を断ってしまい、
何だか流れを途絶えさせてしまった風で、
ちょっとした脱力感があった。
彼女と一緒に家に居る時間が長くなっていることもあり、
当たったりなんかみっともない真似してみたり。
甘いよオレ、ホント甘い。

三歩進んで二歩下がる。
焦っても仕方ない、まだまだ始まったばかり。
自分が本当のところ何を求めているのか、
何故農業なんてやろうとしているのか、
それをちゃんと見つめて腹を据えなきゃならん。
ずいぶん欲張ったこと考えているくせに、
計画も立てられないんじゃ話にならないさ。
ともかくも生きてかなきゃいけないんだから。

徐々に自分なりにこんな方向で、
というのを模索しつつはある。
ぼ〜んやり、だけど。
今のところ、まず在宅翻訳の仕事をしつつ
小規模な自給的な農業(家庭菜園?)から
始めてみようかと思っている。

なんて言ってみるのは簡単だけど、
ひとまず走ってみて様子を見てみなきゃ。
そもそも翻訳の仕事なんてできるのか、オレ?
最低でも一年くらいは仕事をして修行を積まないと。
農業のことについてだってほとんど白痴だ。
学ぶことは沢山ある。
なおかつ、一応こうしたこと全てを
自分なりの「思想」のもとでやってるつもりな訳で、
その「思想」とやらも今のままでは
ぶつぶつ言ってるだけで全然形になっとらん。
書け書け。

ふぁ。
やることてんこ盛りだ。
七転八倒、もがきもがきながら、
ほんの少しでも進んでいるのか、これ?

。。。

翻訳のトライアルを受けたりしているうちに、
ちょっぴり仕事感覚が戻ってくる。
ピリピリとした緊張感ってのも
やっぱり必要なんだよな。

「資本主義」を目の敵にし、
あるいは言い訳にするのではなく、
その運動の原動力をきちんと取り込みながら
進む道を模索するがよい。

沈丁花の香がほのかに。
春が来る。

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2005/4/11 (Mon) なんとはなしにかいてみる
ほったらかしになっているサイトは寂しいね。
自分でも見るのが嫌になったりして。
つくづく三日坊主なのだなぁと思う。
そんな自分を受け入れたくない、と感じる自分がどこかに在って、
それで余計に硬くなって何もできなくなっちゃう。
愚か愚かの一人相撲。

何度でも同じことを繰り返す。
それでいいじゃないか。
草ボウボウになった土地に懲りずにまた種をまく。

さてさて。
低空飛行しているようではあるけれど、
それなりに忙しくはしています。
何てこともないのだけど、翻訳とかして。
あとは主夫業。飯作って、掃除して、洗濯して。
これだけでも結構一日終わっちゃう。

3月の後半には10日間泊まり込みで、
愛農会の大学講座なるものに参加してきた。
有機農業の基本的なことを学ぶ。
土づくりについての講義や農家での作業実習、
鶏の解体なども体験することができた。
さすがに鶏に刃を入れるときはかなり緊張したけれど、
「食う」ってこういうことなんだな、
というのが実感できたのは何より。
共同生活。玄米中心の食事。
朝は6時から太極拳と聖書講読会。
ちょっと修道院みたいな感じ?

内容もとにかく盛り沢山で充実していたけど、
何より多くの人との出会いがあったことが嬉しい。
講師の方、実習させてもらった農家の方、
受講生も幅広い年齢層の人が集まってきていた。
一癖二癖あるような人が多く、
こっちとしては心地良い。

しばらくの間、これからどうしていこうかと
焦る気持ばかりが沸いてきて、
自分を見失うことも多かったのだけど、
そんな環境に身を置くうちに、
改めて自分の位置を確認することができた気がする。

素直になるということはこんなにも難しい。

3ヶ月、闇雲にもがき続けてきた。
自分のやっていることが自分自身にさえわからなくなる中で、
ただひたすら手足をバタバタさせ、生にしがみつきながら。
苦しさのなか、同居する彼女とのバトルに消耗したこともあった。
解放されてるんだから、もっと楽しく伸び伸びやれば良いのにねぇ。
言うは易し、行うは難し。

いつでも頭クリアにシャキッとしていたい。
何事も思い立ったらすぐに実行する人間でありたい。
決めたことはきちんとやり遂げたい。
歌でも歌いながら、淡々と歩いていきたい。
苦虫噛み潰したみたいな顔してるのは嫌。
権力的な志向はすべて丸めてポイッと捨てたい。
自己欺瞞なんて片っ端から全て破ってしまいたい。
望むものが沢山ある。欲張り欲張り。
でもね、弱っちいのよ。
最近は本当にそれが身に沁みてきた。
どこか根性がひん曲がってるんだろうな。
ストレス耐性が無いのも考えもの。
体質改善も必要さ。

それでも。
前を向いていくしかないじゃないか。
ぞうきんみたいにボロボロになったって、
自分の辿ってきた道を信じ、
そこに賭け続けることしかできやしない。
苦しそうな顔をするな。
暖かいものが沢山あるんだから。

道は開かれていく。

ゆっくり、ゆっくり。

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2005/4/23 (Sat) 春の電車にて
園部へ向かう途上、保津峡が美しい。

少しずつリズムをつかんでいる感じ。
自分を受け容れることができないのは困ったもの。
煙草を止められないことも自分を責める一つの理由。
何を納得できないのだろう?
何が怖いのだろう?

自分のペースをつくれず、ボーッとしてしまうことが嫌?
でも身体はこんなにしんどくなっているじゃないか?
何のためにこんなことを続けているのか?
何のために自分を傷つけ続けているのか?

自分を大切にすること、それをいつも自覚的にしていなければ。
姿勢を正して、真っ直ぐ前を見る。

ふと気づくと、身体のことに見向きもせず、
自分の肌が荒れ、筋肉が強張り、
首筋にはコリがあることにも全く気づかなくなっている。
そんな時、理由もなく気持は焦るばかりで、「ながら」 が連発されている。

どれもこれも中途半端。

ゆっくり瞑想し、ストレッチをし、身体をもみほぐす、
そうして呼吸を整えることが必要だ。
人に対してきちんと受け答えをすること。
目を見て、丁寧に言葉を語ること。

ストレッチをしながら車窓からの風景を眺める。
亀岡あたりはまだ何も植えていない、きれいに整備された田圃が続く。
一枚はさほど広くはない。
トラクターを乗り入れるところがなさそうなところもあるが、どうしているのだろう?
並河に至るまで、線路北側の土地には小麦が植わっている。
麦の穂がはっきり見える。
もう収穫?今穫れるのは秋まきのものか?確認しよう。。。

駅で対向電車のすれ違い待ち。
にわとりの鳴き声が聞こえる。
隣の席には豆粒のように小さな字をぎっしりと手帳に書き込んでいるスーツの男性。
年のころは55歳くらいか。
オレと同じように4人掛けの席にぽんと足を投げ出している。

少し走ったと思うとまたすれ違い待ち。
千代川。
スズメがチュンチュン。
のどかな春だ。
洗濯物をベランダに干している人が見える。
遊びに出かける子供達の声。
ボールを弾ませて。

。。。


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2005/ 4/28 (Thu) 戒め
(3泊4日の伊賀滞在からの帰途にて)

昨日までの疲れに加えて午前の作業で
身体には心地よい気だるさが残る。
やや睡眠不足で眠気もある。
ぼんやりとしながら、出来事を振り返る。

農作業を少しでも多く体験し、
自分の中に感覚を植え付けていくという意味では
十二分に目的を達したと言えるのではないだろうか。
この4日間で草引きやら種蒔きやらしていくうちに、
気分的にはいっぱしの百姓にでもなったような、
そんな感覚を持つことができたと思う。
Detailに気付くための 「種」 を蒔くこと。

例えば苗床作り。
板で囲いをし、杭を打ち、ワイヤー(ばん線)で括ること。
わら、もみ、ぬか、鶏糞を扱うこと。
畝起こし。草引き。
そこら中に初体験。

一度見たことやったことは、
きっといつか自分が同じことをするときの種、
思いつきのきっかけになる。
そりゃあくまできっかけでしかないけれど。
それで十分。

周囲の農家とどう付き合っているか、資材の買い物、
生活のリズム、そうした 「農」 を形作る土台の数々。

関係のあり方。
Sさん、Mさん、Eさん、それぞれの個性のぶつかり合い。
経済、発展、成長を求めるのか、
内的豊かさ、助け合い、真心(!?)を求めるのか、
男性性、女性性も絡んでくるような本質的な問い。

分かったように言葉を吐いている自分が居た。
久しぶりかもしれない、こういうのって。
認められること。

良かれ悪しかれ、いが野には混沌の中で秩序を作り出そうとする傾向、
社会を変えようという欲張りな想い、
すなわち権力構造の臭いが漂っているのも確かだろう。
オレはそういうところでは自分の立ち回りを把握しているということだ。
序列構造のなかで 「オヤジキラー」 的な働きをすることができる。
さほど自覚していなくても、状況がオレをそちらへ向ける。
権力的で、トラの威を借るというような、そんな動き。
醜くてもそれはオレ。
案外言うほど顕著でないかもしれない。
煙幕を張っているから。
意識的に批判をかわすところがあるから。

オレには見えているが、人には見えていない、
そういう感覚を持ったのは久しぶりじゃないか?
というか、その感覚を肯定的に受け止め、
自分を解放することができた、と言うべきか。

この感覚はタバコとセット。
会社で働いていたときと同様の流れ。
上から見下ろす。
微妙な揺れ。オレはこれで良いのだろうか?
宙に浮き、調子に乗っていないか?
身体を動かし、健全な仕事をしているからOK?
そんなこともないだろう。
それでも好意的に受け止められて、
能力を認められることで、自分の中に現れてくる何者か。
ぶった切って言葉にすること。それが必要では?

止まらない。
転がり続けること。
具体性へ。生活へ。仕事へ。

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2005/6/18 (Sat) 商品化〜言葉の定義(試)
(信州から帰宅する途上、バス車内にて記)
−私が何となく嫌悪する 「商品」 あるいは 「商品化」、それは一体何者?−

他者がどう受け止めるだろうか、ということを意識し、
何らかの見返りを期待してサービス(自分の労働、時間、所有物)を提供するとき、
その交換に供されるものが商品である。
より狭義には、交換の一方が貨幣である場合を指している。
より拡大した定義においては、直接貨幣のやりとりがなくとも、
最終的に経済的な見返りを相互が暗黙のうちに認めていれば、
それは取引であり、「商品」 がやりとりされている、と見る。
ごく短期の場合、これは「信用」 という形を取る。
これが長期的な 「貸し」 になるとき、
そこには商品の枠を逸脱するものが紛れ込んでくる。
すなわち、互酬という形態である。
これは関係を商品のフェーズから、
もう一歩有機的なものへと変える可能性を持つ。
通常、共同体の内部においてはその関係が基盤にある。

「商品化」 をより端的なイメージで捉えるならば、
それは世界の諸物を貨幣という物差しを用いて 「数値化」 することである。
この数値化は、はじめは恣意的で、
同じ物品(ソフト・ハード)でもバラバラの値段になるものだが、
購入者の視野が広がり、市場が形成されると、
価格はある程度決まった値になっていくものである。(市価)
ただしこの均一化の進行は必ずしもそれほど速やかなものではなく、
常に価値の落差というものが存在する。
人が 「経済的」 になると言うとき、それはこの落差に敏感になることを指す。
どこのスーパーが一番安いか、という感覚は、
優れた経済感覚のベースであり、巨大資本を動かすときでも
その基本メカニズムは全く同じものである。
ただし、こうした価格比較をするためには、
まず商品がきちんとした商品となっている必要があるのは言うまでもない。

ここで私がイメージする対極概念を明確にしておく必要があるだろう。
それは 「商品」 という一見極めて明快なシステムに対して、
複雑で揺らぎのあるものであるため、とても困難な作業ではある。
だが、ここを進まねばならない。

手掛かりの一つ、それは 「愛着」 である。
あるいは 「誇り・プライド」 である。
商品に対置されるものは、客観的なものではなく、
主観そのものとさえ言える。
一般的、社会的なものに対する、個別的、閉鎖的なものである。
それは文明の観点に照らしたとき、
愚かしいものであり、時として迷惑なものであり、
妄想・幻想の類に属するものである。
とはいえ、こうした商品の対極にあるものさえ、
資本主義の運動の一側面である商品化の運動のなかで、
極めて巧妙に回収されていく。
それは頑固オヤジのクオリティであったり、
物珍しいパフォーマンスであったり、
そうした形で商品として再配置されていく。

では商品化の運動の原動力は一体何だろう?
ミクロな観点とマクロな観点、その両方から押えていくことができるだろうか?
 (注:資本主義運動の社会的展開/安定を求める心理)
いくつかの側面からの切開を試みよう。

商品が現れてくるためには、まず、「余剰」 が絶対不可欠である。
全てはそこから始まっている。
これと対極、つまり取引相手には 「欠乏」 がある。
ただし、この欠乏に関しては、転売目的のための取引を含め、
主観的な要素が多分に入り込みうる可能性があるため、不可欠とはいえない。
さて、現代における商品の様相はあまりに複雑であるため、
その分析は後ほど説明を試みるものとして、
まずは古代における作物の余剰について考えてみることにしよう。
余剰が発生するためには、まず 「所有」 を考えねばなるまい
実際のところその発生は同時だと考えられる。

多くの動物のように蓄えを持たないで、
その日、その日に必要なものだけを摂取して食いつないでいくならば、
そこに所有という 「観念」 は産まれない。
狩猟生活には本来、所有〜余剰は生まれて来にくい。
(それでも冬眠のためなどに蓄える場合もある)

ただし、その前提として、十分な食料のある環境が必要となるだろう。
このとき、植物の存在を考えないわけにはいかない。
そして、実は彼らの行動は 「余剰の生産〜所有」 の原型となるものである。
彼らの存在、すなわち余剰の蓄積、拡大を図るシステムの存在によってこそ、
地球上には豊かな生態系が形作られたことを忘れてはならない。
「余剰〜所有」 の始まるところとは、生命の根幹をなす部分であり、
そこから完全に自由であるユートピアは過去に存在したことがないし、
この先に現れるとしたら、それは単に所有の存在しないというような、
シンプルな(ナイーブな)システムではありえない。
より弁証法的なものとなるはずである。

さて、問題は余剰がいかにして獲得され、
そしてまた商品となっていくのか、というところにある。
まずはいかに生じうるか、思いつくところを挙げてみよう。
狩猟ないし農耕の上手な者は、相対的に多くの食料を確保でき、
したがって余剰を持つ可能性が高い。
また、力の強い者、すばしっこい者など、
得られたものの再配分に際して、有利な位置にあるものも、
余剰を得ることができるだろう。
そのように、「能力」 あるいはめぐり合わせ、運も含めて、
多くのものを得て、それが余剰となったとき、
彼らはそれをどうするだろう?
それを将来のための 「蓄え」 として取っておくのか?
あるいは他者に対してふるまうことにより、借りをつくっておこうとするのか?
(そうした 「借り」 のルールは何故守られる?ゲーム理論?)

… …

<短絡> 何を言いたいのか確認
 「商品化」 は良いのか、悪いのか?
  → 没価値である。
    ただし、単独ではバランスを崩し続ける。
    同時に主観・個別性が必要(→理由を述べよ)

 今の世界は良いのか、悪いのか?
  → 没価値である。
    ただし、もっと良くすることは生きる者の永遠のテーマである。

 「余剰」 〜 何かを創り続けること。でも何を?一人の人間のできることは?
        もっと余剰を! でもその余剰は金ではない。モノでもない?
        言葉そして「知−暗黙知を含む」? 
        子供を作って育てていくこと?
        多様性への展開?

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2005/6/18 (Sat) 欲望のままに生きること
欲望のままに生きること。
たとえその欲望が文化に規定されているとしても。
そもそも規定されていない欲望など存在していないから。
「あるがまま」 というのは、簡単ではないかもしれないけど、
何をやっていてもあるがままなのかもしれない。
Let It Be でよいのか?

まずは自己肯定がなければ仕方ない。
存在そのものを全肯定できなきゃ。
そんなことがありうるんだろうか?
信仰があれば。
信仰があれば。
何かを創り出したいと思う。
それは反発からでるよりも、
喜びから出るほうがよい。

とはいえ、ダイナミックにぶつかり、
闘うなかで生まれるものもある。
自分を肯定し、正面から向き合い、
目を逸らさずに闘えるようになれ。
そうしているうちに、創造ははじまる。
胸を張れ。

---

ふと気づくと、オレがムキになって否定しようとしているもの、
商品化、そしてヒエラルキー。
でもそれらは身体の奥深くに埋め込まれ、
オレ自身のパーツを成しているんだ。
よりよいもの、優れたものはある、
と断言した途端に、そこにはヒエラルキーが持込まれてしまう。
それを否定しようとする気持は、
自分が 「劣る側」 に立つことを恐怖するから?
日本の社会が 「出る杭」 を打つ傾向を持っているために、
頭を低く下げようとしてしまうクセが身についているから?

でも抑圧されたものはもっと奥深くに潜り込み、
陰気な、より根深い、ヒエラルキーをつくり出していないか?
NO.1 になるよりも Only One?
そういうスタンスを取っていたいけれど、
それは所詮はプロパガンダ/レトリックに過ぎない?

闘いの中に身を置く必要がある。
負けを認めることも含めて。

---

何をやったっていいじゃないか。
たった一回きりの、ひとつの生命。
ポンと生まれ、ポンと死んでいく。
そんなあぶくのような存在として、
目一杯に弾けてやればいいじゃないか。
何を恐れることがある?
何をビビル?
正面を向いていようよ。
何に、誰に、気兼ねなどしているのだろうか?
生きなきゃいけないんだよ。本当に。

基本ルールを守ればよい。
 − 正面から見ること
 − 自分も人も責めず、どうすればよいかを考えること
 − 笑うこと。笑おう。
 − 走ること。瞑想すること。
 − 書くこと。
 − 歯を磨くこと。
 − 自分から動く。(あいさつも)
 − 思ったらすぐ動く。
これだけできれば結果はついてくる。
神を信じること。祈れ、言葉にして。

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2005/7/10 (Sun) 農塾へ向かう途上にて
頭のなかを整理しなきゃならないことがいくつもある。
最も根本的なものは、これからオレはどうやって生きていくか、ということ。
何の仕事をし、どこで暮らしていくのか?
Mとの関係はどういう形にしていけばよいのか?
農業という形で満足して生きていけるのか?
マヒして判断が鈍っているのではあるまいか?
文章を書くこと、「生の原理」 のことはどこへ行ってしまったろうか?
オレという人間の抱える弱さ、それと向き合い、
マシな方へ変わっていけないだろうか?
「日常」 のリズムのなかで窒息せず、
自分のペースというものをつくっていけないだろうか?

もっと現実的に差し迫っている判断があるのだった。
H高校で英語プレゼンをする件についてはどうするのか?
かなり引き気味のスタンスを見せていたけれど、
やはり断るとなると悩んでしまう。プライド?
今、自分がやろうとしていることを説明できぬ?
何故それを英語でやるのか、そこが分からない?
占星術の翻訳の件は?いが野は?

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正直に生きたい。
人に流されるままではなく。
顔色をうかがいながらではなく。
足掻いてそうなろうとしているはずなのに、
結果として自分のやっていることは
ズルズルと先延ばしをし、不安にフタをし、
ただ逃げ回ってばかりいるうちに、
自分への誇りや自信を失っていくばかり。
面倒臭いと思うことはやった方が良い。
回避するためでなく、こっちの方が良いのだという、
確信を持てるときにはそちらへ進めばよい。
確信などというものをいつのまに失ったろう?
たえず変わり続けること、それを恐れるのか?
女のニヒリズムのなかに引きずりこまれるくらいなら、
いっそ野垂れ死にする方がよいのではないか?
子供が欲しいなどと考えてしまうのは、
自分が能動的に何も創りだすことができていないからではないか?
どっちでもよい、という風になっているのが自然?
動物としては、子を残すことは最も自然?

何故オレは農業をしようなどと言っているのか?
まだどこかに逃げ場をつくっておこうとし続けてる自分がいる。
それもよいけれど、そのままではやはり活路は開けない?
慣行農法だって良いのではないか?
生きていくための日銭が必要ならば。
何故有機農業?
イデオロギーなど要らん。
身体を動かし、規則正しい生活をしたい、
ただそれだけなのだろうか?
でも、オレは旅人なのではないかしら?

具体的に考えてみろよ。
理由なんてもうどうだっていい。
つべこべかきまわすのはもういいんじゃないか?
借金して、やってみればいいじゃないか?
見通しが立たないのなら、他のことをしろよ。
でも何を?
やる前から逃げる奴には何もできやしないだろう?
文章書いて生きていくなら、そうしてみろよ。
人に甘え、頼って生き続けようとする、
どうしようもない、みっともない、受身な自分。

金が要るなら、ちゃんと貯めてぶちこめばよい。
ぐずぐずしているあいだにどんどん首が絞まる。
借金するならしてみろよ。
人に身を委ねるなら、いさぎよく頼むしかないんだぞ。
いもしか食えなくても、やっていく根性はあるか?
どうせなら、そこまでなってしまった方がよいのでは?
神を求めるというのは、そういうことじゃないか?
「翻訳」 などと考え始めたところから、
穴が開いてしまったのだろうか?占星術?
いろいろ余計なことを考えるからラチが開かないのではないだろうか?
自分の考えていること、思想も整理することなく、
ズルズルと来ちゃったから駄目なんだよ。
飛び込んでやりゃあいいんだ。
自給?
銭はもういい?それは極端?苗代はどうするの?

。。。

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2005/7/22 (Fri) シャバに出る気分
(H高校で英語プレゼン)

久しぶりにシャバに出る、というような感覚?
どこかネジの抜けたような、モヤに包まれたような、
そんな風に生きている日頃の自分が浮き彫りになってくる。
闘いと緊張感。
それを求めている自分がいるのだと思う。
適当な闘いの場が与えられれば、オレはシャキッとして生きていける?
負荷がかかり過ぎると、すぐストレスに押し潰されてしまうところもあるけれど、
何とかかんとか弾き返して生きてきたじゃあないか。
無負荷運転は自分を蝕んでいく。
翻訳の仕事などをやってると言っても、
やはり人とのやりとりがないと駄目なのだろうな。
この状態なら頭も動くというものだ。
伊賀へ行こう。百姓になろう。
ブランドを作り出して売っていけばいい。
働きたいのだ。本当の仕事をしていたいのだ。
このままゆるゆると腐ってしまっては駄目だろう?
自給的な共同体〜届かぬゴールに向かって、
少しでも動いていければよいのだ。
「何者かになる」 ということ。親父の言い草。

外部からの刺激を受けなければ窒息していくのだ。
文句を言いながらも、そこで諸々のことを弾き返し、生きていかなければ。
そのためにも身体は大事。
オレがおろそかにしてきたもの。
今もまだズルズルと垂れ流しにしている惰性。
身の周りを整えておく。
日常の生活パターンこそが、虚無への防壁。
たばこを止めて、早寝早起、運動付、食事もつくる。
歌を歌い、人に電話をし、メールを書き、瞑想する。
Mのせいにして、それを崩したりしては駄目。
もう一度やってみる。
何度でも、何度でも。

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2005/8/17 (Thu) 帰省
この一週間、なかなか充実した話をできた。
両親、M、K、それに桑原の村の人達。
自分の立っている位置が相対的に明確になり、
主観に溺れていた部分が浮き彫りになる。
オレという人間の、社会の中で果たしている役割。
ドロドロに溶けてしまいそうな 「本当の自分」 など、
そうして社会の鋳型に流しこまれない限り、
ただ拡散して行ってしまうのではないか?

弱い人達に共感し、感情を重ねてみることは
確かに何かの役に立つかもしれないけれど、
ほとんどの場合、それは自分の弱さと怠惰さを
正当化するための言い訳として用いられている。
ネガティブなものを前面に出す必要はない。
そこをスタート地点にしてはいけない。
明るいもの、楽しいことを土台とし、また目標とし、
Projection を続けていくことが、
自分の生命力を維持し、増強させていくためには
絶対不可欠なのだ。
ズルズルと合わせれば、そこから漏れ出すものが全てを腐らせる。

今回何人かの人達に語ってきたことを整理し、
きちんと書いておく必要があるのではないだろうか?
話をするなかでより強く自覚されるようになったこと、
それは共同体の新しい在り方が見出されなければならない、ということだ。
とりわけKとの話の焦点となったのは、
金のためではなく、納得の行く仕事をしていくこと自体と、
そのプロセスを支えるシステムをつくることこそが重要なのだということ。
どうすれば元気で、生命力の溢れる生活を実現できるか。
そのために政治する。
ズルズルと譲歩し続け、部品化・家畜化し、
甘え甘やかし、そうして生きている人達。
彼らとは闘っていかなければならないのだ。

それがオレがKに語ったことだったのだけど、
昨夜両親から鋭くえぐられたのは、
オレ自身の中にその甘え甘やかしの感覚が
びっしり巣食っている部分があるということだ。
誰しも弱いものは持っている。
だけどそれをやたらといじったところで
何も良いことは起こらない。
良いものを伸ばせ。自信を持つということ。

自分の弱点を恥じ、責め、そいつを克服しようとしても、
それを正面からやる限り上手くいかない。
非難や批判はやりっぱなしくらいでよいのかもしれない。
そんなことよりも、自分のよいものを見出し、
それを最大限伸ばすようにすること。
本当に楽しめること、納得の行くことなら、
それを徹底的にやっていくこと。
そこから道は開けてくるものなのだ。

頭が曇り、ぼんやりしているときに、
掃除や洗濯、皿洗いして料理をつくることによって
感覚が蘇ってくるように。
モノに向かえ。
自分の習性や感情を掘り起こしては埋めることを繰り返しても仕方ない。
仕方ないことが判っているのに、ズルズルとそっちに飲み込まれるのは弱さだ。
それは存在するし、消すことはできないけれど、認めては駄目だ。
闘い続けること。
ただしその闘いは正面からではなく、
ともかくまず 「すぐに動く」 ことから始めなければならない。

繰り返し、繰り返しでよいから。

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